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木彫りの馬(小)
刻逆以前、昼寝ともだちがくれた置物。馬が好きだった彼は、もういない。
『チェインパラドクス』(c)十姉妹絵師/トミーウォーカー |
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●平和な証拠
少年は、木を見上げていた。
「おや蓮華殿、いかがせるかな?」
「ん。小鳥、見たりき」
「さりかさりか。けふも午睡に行くや?」
声をかけてきたのは近所のおじさんだ。
おじさんの問いに首肯すれば、少し待ちたりたまへと、家の中へ入っていく。
すぐに戻ってきて、いつものように袋を渡される。
中身は知っている。菓子だ。
「えい、いかで。憂へゆくぞ」
「ん。あり、がたき」
そうしていつものように、広場の木陰で昼寝をする。
そのうちともだちがやってきて、おじさんに貰った菓子を食べながら、他愛もない話をする。
彼が少年にとって唯一の友、と言っても過言でなかった。
「すはさり。これ、蓮華にやるぞ! 吾(あ)が作りけり!」
そう言って彼が取り出したのは、木製の、小さな馬の彫刻だった。
彼は馬が好きだった。
馬に乗って世界を旅してみたいと、いつも言っていた。
「わ、ゆゆし。上手。もらひて、よき?」
「ゆゆしからむ!? 蓮華にも馬好きにならまほしく、汝(な)がために作りしぞ!」
「あり、がたき。いつく」
得意気に言うともだちに、自分も嬉しくなって、貰った彫刻を大事そうに抱きしめた。
それから陽が傾く頃までふたりで昼寝をして、また明日、と帰路につく。
川を眺め、草木を眺め、空を眺め、のんびりと、陽が暮れる頃、ようやく家に帰り着く。
「おかへり。けふも平和なりきや?」
「ん、ただいま。けふも、平和」
「さりか、よかりき。なれば夕餉にせむ。手を洗ひきたまへ」
そんな、平和な日常。
少年が帰路に眺めているものは、川であり、草木であり、空であり、至る所にいる妖たちである。
それらが悪さをしなければ、こちらも手出しはしない。
少年は、魔力が人より強かった。
他の人には見えないような、微弱な妖も見えていた。
だからこそ、少年がのんびりしているときは、平和なのだと、皆理解していた。