|
封邪の衣
封邪の印が施された羽織。
幼き日に両親に持たされ、成長に合わせ代替わりしている物。
|
―――
●幼き子の夢は続く
真っ暗な空間。
真っ赤な月が、浮かんでいた。
否。赤い月のような眼が、こちらを見ていた。
「きつね……? おおきき、ぞ」
少年は、後ろに転びそうなほど背を反らせて、それを見上げていた。
それでも顎しか見えないのだが。
「ヒトの子よ。ちからが欲しくば、貸さむ」
「ちから?」
「然様。汝を蔑む者らを、懲らしむることも易く――」
「ん。いらず」
「……幼子故に心得られずや。まぁよし。いづれ力を欲するほどがく。ヒトとはさる生類なり」
きっぱりと言い切る少年に、それ以上食い下がることはなく。
独りごちるように言いながら、消えて行った。
かと思えば、また別の日に夢に現れる。
「あ、きつね! きつね……名は?」
「問ひていかがす」
「な、だ!」
答えを急かすように、じっと視線を向ける少年に、狐は頭を上げて闇を見る。
それからどこか遠くを見るように、息を吐いて、再び少年を見る。
「……我に名など在りはせぬ。が、さりな――ありしヒトは我を《赤月》と、呼べり」
「ん。あかつき」
少年は、わかった、と言うように復唱した。
その表情は、普段とあまり変わらないが、どこか嬉しそうにも見えた。
「我が名なぞ、知りていかがす」
「よぶ」
「……くだらぬな」
言いながら、狐は歩き、闇に消えて行った。
夢に再び狐が出たと聞いた両親は、封邪の印が施された羽織を持たせることにした。
「外にいづるは定めてこれ羽織るべく。寝るは、布団にかけおきたまへ」
少年にはよくわからなかったが、特に拒否する理由もない。
言われたとおり着用していたが、その後も夢に狐が現れたことは、両親には伝えていない。
少年が赤月の伝承を知るのは、これより数年後のことである。